2016年2月29日月曜日

土曜日と日曜日の楽しアクティビティ

週末は楽しかったよ!

私は土曜日にMoMAへ映画を見に行った。映画の名前は英語で「Paths of the Soul」だ。なまえがZhang Yangだ映画監督(えいがかんとく、movie director)は中国人だけど、映画の俳優(はいゆう、actor)は全部でチベット人だ。その映画は村人(むらびと、villager)の旅についてだ。その村人はカムの村からラサまで1200キロメートル歩いて行く。その人はずっとお祈りをして、叩頭(こうとう、kowtow)をする。みちに大きい車がもあるから、時々危ない。とても大変だね!これは映画のポスターとトレーラーだ:


映画を見てから、私の中国のドキュメンタリー映画クラスで教える先生は「Paths of the Soul」について話をしたり、観客(かんきゃく、audience)の質問を答えたりした。私の先生がとても頭がいい :). とてもおもしろかった。

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日曜日の夜にニューヨークの Asia Societyへ能パフォーマンスを見に行った。上手な能役者(のうやくしゃ、Noh actor)が四人いた:かめいただお先生(亀井忠雄)とさかぐちたかのぶ先生とたなかでんじろう先生とたにもとけんご先生。亀井忠雄先生は日本の人間国宝(にんげんこくほう、living national treasure)だ。亀井先生は田中先生のお父さんだけど、田中先生は歌舞伎(かぶき)の有名な音楽家だお母さんに歌舞伎を習ったり、も歌舞伎の音楽家になった。でも、子どもの時から能の鼓(つずみ、hand drum)と太鼓(たいこ、taiko drum)をたたき方も習った。田中先生は初めて能パフォーマンスをする前に、十五年毎日鼓を練習しなければならないと言いました。能役者になることはむずかしいね...

その先生は能のダンスをしたり、とても大切な鼓のたたき方を見せたりした。そして、能の服の着方を見せたり、最後能面(のうめん、Noh mask)を見せたりした。長くて、黒い馬の紙で作ったかつら(wig)がもあった。



この夜前に、私は能を全然わからなかった。今もうあまりわからないから、能について習いたい。私が一番好きだ黒沢明の映画「乱」で能のスタイル/influenceがあると思います。

2016年2月26日金曜日

私の好きな物

私の好きな物は黒いと黄色い花がある赤いセーターです。このセーターはちょっと古いですよ。母は1970年代(ねんだい、1970s)にセーターを持っていましたから。私は中国の1970年代にこのセーターのスタイルがたくさんあったと思います。二年ごろ前に私は母にこの赤いセーターをもらいました。私はとても嬉しかった(うれしい、happy)です。それから、セーターをいつも着ています。そして赤が私の一番好きな色(いろ、color)です。

近年(きんねん、in recent years)よく旅行していました。いつも私の赤いセーターを持っていて、着ていました。このセーターはいろいろな物とおもしろいところを見ました。

ベルリン
バルセロナ
ニュルンベルク
イスタンブール
クラスで漱石とカフカの変な(へん、strange)作品を読んでいますから、わたしも話を書きたいです。これはナレーターが私の赤いセーターだみじかい話です:

「私はキャサリンの赤いセーターだよ。生まれた町を忘れたけど、中国の四川省から来たから、中国語は母語です。はじめに私の赤色がとても明るかった。私のボタンが新しくて、きれいだった。それは、すべてが赤かった時だった。今私もう中国人じゃない。1990年代にアメリカへ来たり、新しい生活を始めたりした。中国はアメリカより人が多いけど、アメリカは中国よりきれいだと思う。でも、時々子どもの時を思い出す...ちょっとブルーになる。私はもう一度中国へ行きたい。

でも、キャサリンといろいろな新しい国へ行った。とても楽しかったよ。

去年キャサリンはドイツで留学生だから、ヨロッパの町を見ることができたよ。ベルリンに住んでいたり、ベルリンの大学に入ったりした。この大学の生活はコロンビア大学の生活よりあまり忙しくなかった。とても楽しかった。ベルリンは夏がとてもきれいで、そらがいつも青いだよ。秋がすずしいだよ。木は赤くなるけど、私はベルインの季節の中で、秋が一番好きだよ。ベルリンの冬はとても暗いから、きらいだよ!明るいところのほうが好き。春 店はおいしい苺(いちご)をたくさん売る。苺の色も好き。

一番おもしろいところはイスタンブールだと思う。イスタンブールはやまがないけど、とてもきれいな川がある。私は川がある町が好き。私はキャサリンとボスポルスのとなりにすわって、お茶を飲んだ朝を思い出す。」

2016年2月18日木曜日

夏目漱石


今学期(がっき、semester)、日本文学のクラスを持ってる。トピックは夏目漱石(なつめそうせき)の本だ。毎週、英語で漱石の本を一冊読まなければならない。今、もう「吾輩は猫である、わがはいはねこである、I am a Cat」と「坊ちゃん、Botchan」を読んだ。「吾輩は猫である」はとても長くて、時々長たらしいけど(tedious)、ナレーターは猫だから、おもしろい本だ。でも、私は「坊ちゃん」のほうが好きだよ;「坊ちゃん」は「吾輩は猫である」より短いから。



漱石は日本のめいじ時代の有名な作家だ、東京から来た。子供の時、漱石はさびしい男の子だった。兄弟が5人いたけど、両親の愛をあまりもらわなかった。でも、漱石は学校でいい学生だった、とてもあたまがよかった。よく中国の古い文学を勉強した。1884年の9月に 漱石は東京帝国大学(とうきょうていこくだいがく、Tokyo Imperial University)に入ったり、英語の勉強を始めたりした。二年ぐらい英語を勉強してから、上手になった。1900年に、東京帝国大学で教師になる前に、日本の政府(せいふ、government)イギリスのロンドンへ漱石を送った。ロンドンの大学で2年ぐらい勉強したけど、漱石はロンドンがきらいだった。東京へ大学で英語の文学を教えに帰てから、もう仕事が好きじゃなかった。それから、大学の仕事をやめたり、朝日新聞で(Asahi Newspaper)作家になったりした。「吾輩は猫である」は朝日新聞で漱石の初めて有名な作品だった。

今週末漱石の「草枕、Kusamakura」を読む。

私はいつ日本語で漱石の本を読むことができる?

2004年まで漱石の顔は日本の円にあった。


2016年2月15日月曜日

冬休み

私のそぼ
私は母と姉と中国のコアンチョウへそふぼに会いに行きました。コアンチョウの冬はとてもあたたかいですが、空気(くうき, air)はきれいじゃないでした。そしてかぜがすこしありました。

コアンチョウの「大夫山」こうえん
でも、天気がいいの時 公園(こうえん)をさんぽしていました。趣味(しゅみ)は写真をとることですから、すうまいをみせています。

コアンチョウの地下鉄はニューヨークのよりきれいです。コアンチョウは大きくて、人と車が多くて、にぎやかな町です。そして コアンチョウは食べ物がとておよかったです。点心(てんしん, dim sum)を何回も食べました。














あねのかれはヤンシュオのどうくつの中でいわのぼります
私たちも一週間ぐらいヤンシュオにいました。ヤンシュオはコアンチョウより小さいです。とても有名な町です。ふゆとくに 人がすくないですから、とてもしずかです。でも、雨がふっていましたから、ちょっ寒かったです。

あねとあねのかれの趣味はロッククライミングですから、私達うつくしいところをたくさん見ました。ロッククライミングができませんが、写真をたくさんとりました。

私はもう少しあたたかいきせつにヤンシュオへもう一度いきたいです。
ヤンシュオのいろいろな山

1月15日に帰国しました。あさってコロンビア大学へ帰らなければなりませんでしたから、ちょっとつかれました。




私のあね :)